August 20, 2014
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August 20, 2014

(Source: youtube.com)

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August 20, 2014

August 20, 2014
"我々は異文化に出会うとき、驚きに感じる。それは、既に述べたように、或る意味で、哲学の始まりにある驚きにも通じる側面を持っている。それは、自文化のなかに漬かってしまい、当たり前・自明となっていた基盤を揺るがし、時には崩すような力を持っている。この驚きに忠実であることこそ、異文化を自文化によって裁断するのではなく、異文化を異文化として理解する道を開いてくれることになろう。しかし、それが文化相対主義として、分かった顔をし始めるとき、その驚きの良さは失われていく。文化が違えば世界観も違うさ、住んでる世界も違ってくる、それが当たり前となる。そのような状況にあっては、むしろ反相対主義的な立場にこそ、硬直した相対主義の殻を破る力が宿ることになる。それは、多様な文化と多様な世界が当たり前・自明と物知り顔をした文化相対主義に対して、多様な生活様式となって現れるものの根底には何か一つの共通な生のかたちがあるのではないか、という一なるものへの驚きに動かされているのである。相対主義が当たり前となっていた常識を揺るがし、我々がやはりどこかで固い岩盤に突き当たることを捉えようとする。しかし、この反相対主義の立場も、何か絶対的なものを立てて、そこから説明を始めるとき、膠着したものに陥っていく。そこには、再び相対主義の発芽する温床が作られていくことになろう。「人形道化芝居で交互に倒されては息を吹き返して来る二つのお化け人形のような、懐疑主義的相対主義と論理的絶対主義」はともに「生きた真理」を掴むことはできず(XVII. 284f. )、〈一〉への驚きを忘れて相対主義に身を任せることも、〈多〉への驚きを忘れて絶対主義に陥ることも、ともに哲学の(知を愛し求める)こころを放棄することになるであろう。我々は、〈多〉への驚きと〈一〉への驚きとの往還運動のなかで「経験の動性」を捉えていくことによって初めて、自らの思索をわずかずつ進めて行くことができるのであろう、と筆者には思われるのである。"

浜渦辰二「他者と異文化―フッサール間主観性の現象学の一側面―」

August 19, 2014

(Source: bitchesonbicycles)

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